恢復しない家族

月最初の土曜日は心のドアを開ける日。
月に一度、カウンセラーに会う日です。


今回は初めて、子どもたちを連れて行きました。

家族療法はあまり好きじゃない、といいつつも、
カウンセラーからの提案です。

50分の面接時間に、母・息子・娘…
入れ替わり立ち代りでやや慌ただしい。


それでも、カウンセラーからは、

「みやさんが思ってるよりずっと、
お子さんはまっすぐちゃんと育ってます。
お母さんのことも大好きですよ」

なんて言われて、ちょっと安心。



私は何が不安なんだろう。

父親の不在?子どもたちの未来?自分の老後?

ときどき、なぜか生きるのがつらくなる。
ある日は、何もかもが嫌になる。
この先なんにもいいことなんかない、ような気がする。



帰り道、子どもたちにせがまれてお昼は外食。

(とはいっても、母子家庭らしくつつましく、
ヨーカドーのフードコートです

思い思いに選んだマックだのラーメンだのを頬張る子どもたちは、
無邪気にもこんなことを言う。

「まだ父ちゃんがいたころは、
この上のレストランでよくご飯たべたねえ」
「最近は母ちゃんが一生懸命ご飯つくるから行かないけどね」


こんな日が来ることを、ほんの数年前は予想しなかった。

つらい日々を乗り越えて、やっと今また歩き始めた毎日。

でも、こんな日もあと何年続くのだろう。


多分、それが不安の源。

幸せな家族の姿は、なぜか長く続かない気がする。



あまり先のことを考えるのはやめなさい。

自分の足りないところを数えるのはやめなさい。


そんなふうにカウンセラーに助言されるけど、
考えずにはいられない。


私の望みは、夢は、ただ普通の「家族」だったのに。

父がいて母がいて兄弟がいる普通の家族。
夫がいて妻がいて子どもがいる普通の家族。

…結局どちらも手に入らなかった。


諦めたら、ココロの平安は手に入るのだろうか。
どうやったらすっぱり諦められるのだろうか。


帰り道、息子がまた無邪気に言う。

「今日この話にもお金を払ったの?」

そう、母ちゃんは悩みを相談する相手も、
お金を払わないといないんだよね。


これが必死に生きてきた40年の結果。

なんだか嬉しいんだか悲しいんだかわからないわが人生。


多分私はさびしいのだと思います。過去も今も未来も、ずっと。


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